仕事が忙しくて、資格勉強の時間が確保できない——。資格取得を目指す社会人の多くが抱える悩みではないでしょうか。でも、勉強は時間をかければよいというものではありません。事実、東京大学に合格した人に「受験勉強において一番重要だと思う能力はなんですか?」と質問したところ、約6割が「集中力」と答えたそうですよ(ぺんてる「東京六大学卒業生・在学生調査」)。
元東大生や現役東大生いわく、東大生にはダラダラ勉強したり時間を無駄にしたりすることを嫌う人が多く、試験勉強やレポートも短い時間で集中して終わらせようとする傾向が強いのだとか。つまり「忙しくても集中力を高めて効率よく勉強すれば、結果を出すことができる」わけです。では、東大生たちはどのように集中力を高めているのでしょうか。偏差値35から奇跡の東大合格を果たした西岡壱誠さんに、資格勉強に役立つ集中力を高めるためのポイントを教えてもらいました。
1996年生まれ。偏差値35から東大受験を決意。2浪が決まった崖っぷちの状況で開発した独自の勉強法で、東大模試全国第4位となり、東大にも無事に合格した。そのノウハウを全国の学生や教師に伝えるため、2020年に株式会社カルペ・ディエムを設立。全国の高校で高校生に思考法や勉強法を教えているほか、教師には指導法のコンサルティングを行っている。著書に『現役東大生が教える「ゲーム式」暗記術』『読むだけで点数が上がる! 東大生が教えるずるいテスト術』(ともにダイヤモンド社)、『東大読書』『東大作文』『東大嗜好』『東大独学』(いずれも東洋経済新報社)などがある。
集中状態に入るには、集中する対象をできるだけ明確にすることが大事!
──東大生の多くが「受験勉強において一番重要なのは集中力」と答えているというデータがあります。西岡さんも同じ考えでしょうか?
西岡:そう思いますね。東大生を見ていて感じるのは、彼ら彼女らは集中状態に入るのが非常に早いということ。たとえば、自習時間にみんなで楽しくおしゃべりしていても、問題を解き始めたら一瞬でガッと集中し、周囲の音は一切耳に入っていないような状態になるんです。学生時代は、話しかけるのをはばかってしまう場面がよくありました。
──同じ1時間の勉強でも、すぐ集中できる人の1時間と、なかなか集中できない人の1時間では大きな違いがありますよね。
西岡:おっしゃるとおりです。そうした能力は天性のものなのか、後天的に獲得できるものなのかと言うと、後者の側面が強いんじゃないかと思います。私自身、集中して勉強することができずに2浪しましたが、その後、独自の集中テクニックを確立したことで東大に合格できましたから。
──がんばれば誰でも集中できるのですね! ぜひ西岡さんのテクニックを教えてほしいです。
西岡:まずは、その「がんばる」という発想を捨てていただいたほうがいいかもしれません。何かに集中している自分を思い出してみてください。そういうときって、「気がついたら集中していた」ということが多くないですか? がんばって集中しようとしたからといって、集中状態に入れるわけではないですよね。
それと、「今日はがんばって数学の勉強をしよう」「英単語を覚えよう」といった漠然とした意識を捨てることも大事です。そうではなく、集中する対象をできる限り具体的に設定してください。「今日は20時〜21時の勉強時間で、この問題集の問題を3問解く」「英単語を20個覚える」といった具合です。
そのようにして、その日の目標を明確化すると、自ずと集中モードに入っていけるはずです。実際、東大生の多くは「何を・どれだけ・いつまでに終わらせるか」を自分に課し、粛々と実行している印象です。社会人の方にはわかってもらえると思いますが、締め切りのない仕事っていつまでも終わらないですよね。それと一緒です。
──つい後回しにしますからね……。思い当たるフシがありすぎて耳が痛いです。
西岡:要するに、自分が何に対して集中したいのかを明確にし、それ以外の選択を切り捨てるのです。たとえば、机の上にスマホがあると、集中を阻害する選択肢になりかねません。スマホやゲームは部屋の隅のタンスに入れておくなど、物理的に隔離するのが意外に有効だと思います。
未来の報酬や自分へのご褒美……。自分に合った集中のトリガーを見つけよう
──対象が明確なほうが、集中しやすいというのはわかる気がします。
西岡:もうひとつ、東大生の多くに共通しているのが「前のめりな姿勢」です。教授の話を聞くとき、問題を解くとき、文章を読むとき、人に何かを話すとき。いずれのシチュエーションでも、東大生は前のめりになっていることが多く、そういう学生は必ずと言っていいほど集中しています。
──前のめりになれるのは、対象に強い興味を抱いていたり、対象を楽しいと感じたりするからでしょうか?
西岡:そういうケースもあるでしょうが、前のめりになるためのトリガーは「興味があるから」「楽しいから」以外にも存在します。私がもっとも重要だと考えるのは「納得感」です。ちょっと想像してほしいのですが、いきなり「いまからバットを100回振ってください」と言われても、やろうとは思えませんよね?
でも、「100回バットを振ったら1万円あげます」と言われたら、喜んで実行する人が多いと思います。あるいは、将来野球選手になりたい人も能動的にバットを振るでしょう。この両者の場合、バットを振ることに対して価値を感じているからそうするのであって、価値を感じていないことに対しては前のめりになれないはずです。勉強も同じで、集中するためには何らかの形で価値を見つけ、自分のなかで納得する必要があるのです。
──「なぜ勉強するのか」という理由付けをするわけですね。
西岡:ただ、ここで注意しないといけないのが、人間は大まかに右脳タイプと左脳タイプに分かれるということです。右脳は感覚的・感情的な思考をする器官ですから、右脳タイプの人は「論理的には納得できるんだけど、どうしても気分が乗らない」となりがちです。逆に、論理的な左脳タイプの人は「興味はあるけど、合理的な判断じゃないからやりたくない」といった考えをする傾向があります。
どちらかが集中に向いていて、どちらかが向いていないというわけではありませんが、自分がどちらのタイプなのかをしっかり把握しておくことが大切です。
──右脳タイプか左脳タイプかで、集中の方法が違うのですか?
西岡:違います。左脳タイプの場合、やりたくないことでも「これは自分の目的のために必要なことなんだ」と合理的に納得できれば、ある程度は前のめりになれます。
資格試験のための勉強をする方の場合、キャリアアップや資格を活用した転職が目的だと思うので、資格を取得した将来の自分をイメージしてみるのがいいでしょう。転職後の年収をイメージすることで、より納得して勉強に取り組める人もいるかもしれません。
私は左脳タイプではありませんが、左脳タイプの受験生には、ワンランク上の大学に行くために必要な勉強時間と大学別の平均年収を計算して、「いま自分が勉強することにどれくらいの経済的価値があるのか」を算出する人もいますよ。
──集中することでどんな報酬が得られるのかを想像するのですね。にしても、10代の頃から生涯年収を計算するなんて、しっかりしすぎです(笑)。
西岡:報酬ということで言えば、「将来の報酬」よりも「目の前の報酬」のほうがモチベーションが上がる人もいますよね。その場合は「これをクリアしたら、これを自分に許す」といった具合に、自分への「ご褒美」を用意するのが有効です。1時間集中したら、おいしいお菓子をひとつ食べるとか、Netflixのドラマを1話だけ見るとかですね。
ご褒美を使って「集中」に区切りの線を引くことには、作業を単調にしないという効果があるだけでなく、一定の達成感を得ることにもつながります。
──自分へのご褒美というのは、合理的なやり方だったんですね。右脳型の場合はいかがでしょう。
西岡:合理性以外の面で報酬をつくって、脳を稼働状態にするのが右脳的なアプローチです。方法のひとつとして有効的なのは、音楽や趣味の力を借りて気分を上げることですね。音楽が好きな人の場合、自分の「集中BGM」をつくっておいて、集中したいときはその音楽を聴くといいでしょう。
集中しているときに音楽がかかっていると気が散るという場合は、集中状態になるまでは音楽の力を借りる、集中状態に入ったら音楽を消すというやり方がいいかもしれません。
最初の一押しがあれば、坂を転がるボールのように集中できる
──集中すべき対象を絞り込み、「自分はなぜ勉強するのか」を理解した上で、気分を上げて勉強に臨む。それでも集中できない場合は、どうすればいいでしょうか?
西岡:簡単なものや、やりやすいものから手をつけてみてください。いくら集中するための準備を整えても、いきなり難しい問題を解こうとするのはハードルが高いですよね。最初からつまずいてしまっては、集中状態に入っていけません。
まずは前回の復習をする。あるいは、あえて簡単なものからはじめてみる。大切なのは、最初の一歩をどうつくるかです。その意味では、「積み残し」をあらかじめつくっておくのもおすすめです。「あとほんの少しで終わる」というタイミングで勉強を中断し、残った分をわざと翌日のタスクにするのです。
そうすると、翌日の勉強時間になって気分が乗らなくても、「あと少しで終わる問題があるんだから、それだけでもやってしまおう」と机に向かうハードルが下がる。そのタスクが終わる頃までに集中状態に入れたら、その勢いで次の問題、また次の問題と移っていけるはずです。
──心理的なハードルを下げるというのは、効果がありそうです。しつこいですが……。それでも集中できないときは、何か方法はありますか?
西岡:そんなときは潔く寝てください(笑)。身体や精神の状態は、集中に大きく影響します。何をやっても「今日はどうしてもダメだ」というときは寝てしまって、翌朝に勉強するほうがいいです。
逆に、「なぜか集中できない」という状態が続いたら、自分の体調や精神状態を疑ってみましょう。とくに社会人の場合、知らず知らずのうちに睡眠不足に陥っていたり、疲労が蓄積していたりすることがあります。集中においては、体調管理も重要だと思いますね。
──確かに、疲れているときに無理に勉強するより、次の日に早起きして勉強するほうが効率がよかったりします。それでは最後に、資格取得に向かって勉強している読者にメッセージをお願いします。
西岡:集中は「入り」が肝心です。勉強でも何でも、とにかく始めて集中の入口に立てば、そこから先は意外と簡単。坂の上にある大きなボールをちょっと押してあげるのと同じで、最初の一押しさえあれば、あとは勝手に転がっていきます。だからこそ「がんばろう」と肩に力を入れて臨むのではなく、最初のハードルを下げる方法を考えてみてください。
著書情報
『東大集中力〜やりたくないことも最速で終わらせる』
著:西岡壱誠
出版社:大和書房